2007年10月19日
神わざ!諸々
タイトルとは何にも関係ない話題から入るけど、13日の夜に木城の「絵本の郷」で催された「星の夜の音楽祭」に息子と一緒に行って来ました。
歌手の伊藤君子はボクが高校くらいのころから活躍していたジャスボーカリストで、生で聴いたのは今回が初めてでしたが、スゴク良かった!
ジャズボーカリストも演歌歌手も“円熟味”がいいねえ〜(演歌はあまり聴きませんが・・)
ギターの平岡雄一郎もギター一本とは思えない音のバリエーションとその“ゴッドハンド”から繰り出される超技巧的なテクニックで圧倒してくれました。歌と演奏のレベルがものスゴク高いところでマッチングしてて、2時間があっという間でした。
野外で大きな焚き火をしながらのコンサートも薪能みたいで幻想的だったし、息子を連れて行って良かった!
その夜は、また西都のロキシーヒルに寝袋持って押しかけて、囲炉裏で地鶏を焼きながら図師大酋長と深夜まで焼酎を傾けました。
それで次の日は、毎週玄米と卵を買いに行ってる国富の自然農園「こころ」に寄って、産みたての卵を収穫させてもらいました。

で、ここから第2話。
昨日の話なんだけど、友人の車が軽トラックの荷台でこすられて助手席のドアがちょっとへこんでしまったのを修理すると言うんで見学に行った。
そこで、神業を目の当たりにしてしまったのだ!
昼休みに友人宅に着くと間もなく、にこにこ顔の人の良さそうなオジサンが現れた。
実はその人こそ、九州に3人しかいないと言われる「板金うちだし」の技術を持った田中敏幸さん(東郷町紘誠工房)だった。
カメラを持って行ってなかったので、写真が撮れなかったのが残念だが、あっという間にドアの内張を外して、手作りの道具を使いへこんだところを内側からグイグイと押し出し始めた。ある程度押し出したら今度は金槌(!)で外側からコンコンたたいて調整する作業を繰り返した。
みるみるうちにへこみが直っていくのにもビックリしたが、素人目には「真っ平ら」になったように見えてから20分近くコンコンやるのを続けていたのにも感心した。
聴くと田中さんは仏師(仏像の彫り師)でもあり、曲面の滑らかさにはとても敏感なのだそうだ。だから、作業が終わって修理箇所を磨き上げてから「少〜し線が残るけどこれで良しとしてください」と言われても、どんなに目をこらして見てもそんな線なんか見えなかった。
実は、自分の車もいつかパーキングに止めてるときにドアをぶつけられて、荷室の左サイドに2箇所へこみができていたのだ。
その車で見に行ってたので、その箇所を見てもらうと「すぐに直りますよ」とのこと。
ついでに直してもらったが、内張を外した隙間からその箇所をたたき出すのに、ちょうどいい工具がなく、その場で工具を加工しはじめたのには再度ビックリした!
それで、ものの20分ほどでへこみを完全に直してもらい、払った代金は数千円(おまけしてもらったので詳しくは言えませんが・・)

修理後の写真しか撮れなかったけど、どこがへこんでいたか何て全く分からないでしょ!
普通に板金修理で出すと、たぶんパテで埋められて塗装をかけてけっこうお金もかかるんだろうけど、それをやっちゃうとやっぱり長い間には色も変わってくるし、もし手放すときになったら査定にも響くよね。
田中さんのこの技術で救われた車はもう2万台以上!だそうだ。
今日もどこかで田中さんに感謝している車があるんだろうな。
歌手の伊藤君子はボクが高校くらいのころから活躍していたジャスボーカリストで、生で聴いたのは今回が初めてでしたが、スゴク良かった!
ジャズボーカリストも演歌歌手も“円熟味”がいいねえ〜(演歌はあまり聴きませんが・・)
ギターの平岡雄一郎もギター一本とは思えない音のバリエーションとその“ゴッドハンド”から繰り出される超技巧的なテクニックで圧倒してくれました。歌と演奏のレベルがものスゴク高いところでマッチングしてて、2時間があっという間でした。
野外で大きな焚き火をしながらのコンサートも薪能みたいで幻想的だったし、息子を連れて行って良かった!
その夜は、また西都のロキシーヒルに寝袋持って押しかけて、囲炉裏で地鶏を焼きながら図師大酋長と深夜まで焼酎を傾けました。
それで次の日は、毎週玄米と卵を買いに行ってる国富の自然農園「こころ」に寄って、産みたての卵を収穫させてもらいました。

で、ここから第2話。
昨日の話なんだけど、友人の車が軽トラックの荷台でこすられて助手席のドアがちょっとへこんでしまったのを修理すると言うんで見学に行った。
そこで、神業を目の当たりにしてしまったのだ!
昼休みに友人宅に着くと間もなく、にこにこ顔の人の良さそうなオジサンが現れた。
実はその人こそ、九州に3人しかいないと言われる「板金うちだし」の技術を持った田中敏幸さん(東郷町紘誠工房)だった。
カメラを持って行ってなかったので、写真が撮れなかったのが残念だが、あっという間にドアの内張を外して、手作りの道具を使いへこんだところを内側からグイグイと押し出し始めた。ある程度押し出したら今度は金槌(!)で外側からコンコンたたいて調整する作業を繰り返した。
みるみるうちにへこみが直っていくのにもビックリしたが、素人目には「真っ平ら」になったように見えてから20分近くコンコンやるのを続けていたのにも感心した。
聴くと田中さんは仏師(仏像の彫り師)でもあり、曲面の滑らかさにはとても敏感なのだそうだ。だから、作業が終わって修理箇所を磨き上げてから「少〜し線が残るけどこれで良しとしてください」と言われても、どんなに目をこらして見てもそんな線なんか見えなかった。
実は、自分の車もいつかパーキングに止めてるときにドアをぶつけられて、荷室の左サイドに2箇所へこみができていたのだ。
その車で見に行ってたので、その箇所を見てもらうと「すぐに直りますよ」とのこと。
ついでに直してもらったが、内張を外した隙間からその箇所をたたき出すのに、ちょうどいい工具がなく、その場で工具を加工しはじめたのには再度ビックリした!
それで、ものの20分ほどでへこみを完全に直してもらい、払った代金は数千円(おまけしてもらったので詳しくは言えませんが・・)

修理後の写真しか撮れなかったけど、どこがへこんでいたか何て全く分からないでしょ!
普通に板金修理で出すと、たぶんパテで埋められて塗装をかけてけっこうお金もかかるんだろうけど、それをやっちゃうとやっぱり長い間には色も変わってくるし、もし手放すときになったら査定にも響くよね。
田中さんのこの技術で救われた車はもう2万台以上!だそうだ。
今日もどこかで田中さんに感謝している車があるんだろうな。
2007年10月10日
ガンプラ(WING GUNDAM Ver.Ka )
最近、ブログの更新が週1ペースになってしまった・・
これも2日遅れの記事だけど、月曜日は息子の6歳の誕生日。
プレゼントはガンダムと仮面ライダーゼロノスのフィギュアで3日悩んだ末、仮面ライダーになった。
ところが、誕生日の2日前に日向のじいちゃんからいきなり届いたプレゼントがガンプラ(ガンダムのプラモデル)!余計なことしてくれる(笑)。せっかくの仮面ライダーが色あせてしまうではないか・・・
しかも、260パーツもあるWING GUNDAM Ver.Ka 1/100モデル。
箱書きには「15才以上」とある・・結局、ボクに回ってくるのは目に見えてる。そりゃ子どもの頃はプラモ大好き少年でしたけど、とてもじゃないけど今そんな余裕ないですよ・・
と思っていたら、息子は俄然やる気で「ニッパーを貸せ」というので使い方を教えたら、説明書見ながら自分でバリも取りながら作り始めたではないか!

いや、息子を甘く見ていた。やっぱりカエルの子はカエル。オマエもプラモ少年になっていくのか・・
2日かけてヘッドとボディができました。いや立派なモンだ!
(親バカです)

考えてみたら、最近の300円くらいの食玩にはけっこう難しいプラモ系のヤツもあるんだよね。
そんなので日頃鍛えた「たまもの」だったのだ・・と妙に納得。
これも2日遅れの記事だけど、月曜日は息子の6歳の誕生日。
プレゼントはガンダムと仮面ライダーゼロノスのフィギュアで3日悩んだ末、仮面ライダーになった。
ところが、誕生日の2日前に日向のじいちゃんからいきなり届いたプレゼントがガンプラ(ガンダムのプラモデル)!余計なことしてくれる(笑)。せっかくの仮面ライダーが色あせてしまうではないか・・・
しかも、260パーツもあるWING GUNDAM Ver.Ka 1/100モデル。
箱書きには「15才以上」とある・・結局、ボクに回ってくるのは目に見えてる。そりゃ子どもの頃はプラモ大好き少年でしたけど、とてもじゃないけど今そんな余裕ないですよ・・
と思っていたら、息子は俄然やる気で「ニッパーを貸せ」というので使い方を教えたら、説明書見ながら自分でバリも取りながら作り始めたではないか!

いや、息子を甘く見ていた。やっぱりカエルの子はカエル。オマエもプラモ少年になっていくのか・・
2日かけてヘッドとボディができました。いや立派なモンだ!
(親バカです)
考えてみたら、最近の300円くらいの食玩にはけっこう難しいプラモ系のヤツもあるんだよね。
そんなので日頃鍛えた「たまもの」だったのだ・・と妙に納得。
2007年10月05日
バイクの思い出 Z1300
バイクの思い出話も久しぶり。 今回はZ1300
ホントこういう話題も全く、育児・出産とは関係ないな(笑)
水冷並列6気筒、1300cc、乾燥重量296kg
シート高も高いし、ハンドル幅もあるし、100%海外向けのバイクだった。

幅広で高いシートにまたがると、僕の身長(175cm)ではつま先立ちになってしまい、とにかくデカかった。
オフロードならともかく、300kgのバイクでつま先立ちはちょっと不安なんで、シートは東京上野のパーツ屋さんでアンコ抜き加工してもらった。
ついでにハンドルも短いのに替えて、前のオーナーが交換してあったオーリンズの堅めのサスもわざわざ純正のを買って元に戻して・・やっとどうにかしっくり乗れるバイクになった。

初めてエンジンを始動したときは軽い感動を覚えた!
何というか、「ゴゴゴゴゴ・・・」っていう感じの低いうなり声のようなアイドリング音からスロットルを開けると、「グオングオン・・」と野太いサウンド!
これまで乗ったツインとは全く違う世界のサウンドだったが、そこは流石にカワサキ、腹の底に響いてくるような実に気持ちいい音だった。
乗り出した感じもやっぱり今までのバイクとは違う、なんかこう4輪に乗ってるような感じというか、デカイんで初めのうちは乗らされてるっていう感じだったなあ。
6気筒はさすがに滑らかで、シャフトドライブとも相まって、シフトチェンジをこまめにやらなくても低速から高速までスロットルワークだけで自在にどこまでも走っていくバイクだった。
重かったけど、パワーもトルクも十分すぎるくらいあったしね。
けっこう峠とかでもバランスが良かったからか見た目よりずっと軽く走れた。

でも、コイツも乗り始めの儀式が必要なヤツで、6気筒だというのにキャブレター仕様なんで、車体を傾けて長いこと停車してると端っこのシリンダーのキャプがガソリンかぶってしまって毎回不完全燃焼!・・ついには毎回走り出してはすぐ止めてプラグ磨き・・というスタイルが定着してしまった。
もっとも後期型のエンジンはフューエルインジェクションになったので、そんな手間とは無縁になったんだろうけど、今時のライダーさん達はこんな経験したことないだろうな・・・
キャブがすぐかぶる原因のひとつになったのがサイドスタンドの貧弱さで、車重のためにすぐへたってしまって、それで停車の時に車体が傾きすぎるようになってしまったワケだ。2年目でとうとう交換したっけ。
それで、停車時はなるべくセンタースタンドをかける事にしたんだけど、これがまた重い重い!
その頃、ホンダのゴールドウィングGL1500が発売されたてで、バイク屋さんで試しにセンタースタンドがけをやらせてもらったけど、アレはあの頃から電動だったのかどうか分からないが、えらく軽くて拍子抜けしたことがあった。
しかし、このKZは設計の問題もあったんだろうが、車重並にセンターがけが重いバイクだった。
一度車体が斜めになりかけたのを気合いでセンターがけしたら、情けないことにぎっくり腰になってしまって、それからぎっくり腰になりやすい体質になってしまったのは笑えない。当時まだ30歳前だったのに・・
3年前にも、当時2歳の息子を不用意にだっこしようとして動けなくなってしまった(2歳とは言え18kgを超えてたけど・・)
まあ、しかしある意味究極のバイクだったな。乗り手である人間に迎合しないという意味では本当のモンスターバイクだったかも知れないね。
このバイクは、自分のバイクライフの中でも一番長く乗ったバイクだった。確か5年くらいは乗っていたと思う。手放すときも後ろ髪を引かれたけど、オークションで高値が付いたんですぐに売っちゃった(笑)
中古で確か100万円くらいで買った物だったんだけど、5年乗ってオークションで70万以上で売れた。
このときに、KZを売って買いたかったバイクは、やっぱりカワサキのバイク、VN1500バルカン。
それまでにもVN1500というバイクはあったんだが、新型になってよりアメリカンっぽく(というかハーレーっぽく)なったバルカンは、当時市販車で世界最大排気量(1600ccのビートルのエンジンを積んだブラジルのアマゾネスが姿を消した後だったので)という肩書きも付いて、「買い時」バイクに見えてしまったんだった。

実はタンデムを楽に乗れるバイクにしたいという思いもあって、またアメリカンを考えたという事情もあったんだけど。
今は、国内メーカーでも1800とか2000とかいうバイクが登場してるし、ボスホスなんかは5000cc超?(7000cc?)とか言う超モンスターもあるけど、いつの時代も「世界最大」とかには憧れるよね。
ホントあの頃は人間ができてなかったからか(笑)、大きいヤツに憧れてた。デカイ排気量で大トルクを感じながら走るのが好きだった。
だから車も5リッタークラスのV8とかが好きで、ホント環境には悪い趣味だったよ(反省)
・・・なんだけど、車はともかくやっぱりバイクは半分以上は趣味のモノでもあるし、こだわりたいよね。いつかまた乗れる日を夢見て。
ホントこういう話題も全く、育児・出産とは関係ないな(笑)
水冷並列6気筒、1300cc、乾燥重量296kg
シート高も高いし、ハンドル幅もあるし、100%海外向けのバイクだった。

幅広で高いシートにまたがると、僕の身長(175cm)ではつま先立ちになってしまい、とにかくデカかった。
オフロードならともかく、300kgのバイクでつま先立ちはちょっと不安なんで、シートは東京上野のパーツ屋さんでアンコ抜き加工してもらった。
ついでにハンドルも短いのに替えて、前のオーナーが交換してあったオーリンズの堅めのサスもわざわざ純正のを買って元に戻して・・やっとどうにかしっくり乗れるバイクになった。

初めてエンジンを始動したときは軽い感動を覚えた!
何というか、「ゴゴゴゴゴ・・・」っていう感じの低いうなり声のようなアイドリング音からスロットルを開けると、「グオングオン・・」と野太いサウンド!
これまで乗ったツインとは全く違う世界のサウンドだったが、そこは流石にカワサキ、腹の底に響いてくるような実に気持ちいい音だった。
乗り出した感じもやっぱり今までのバイクとは違う、なんかこう4輪に乗ってるような感じというか、デカイんで初めのうちは乗らされてるっていう感じだったなあ。
6気筒はさすがに滑らかで、シャフトドライブとも相まって、シフトチェンジをこまめにやらなくても低速から高速までスロットルワークだけで自在にどこまでも走っていくバイクだった。
重かったけど、パワーもトルクも十分すぎるくらいあったしね。
けっこう峠とかでもバランスが良かったからか見た目よりずっと軽く走れた。

でも、コイツも乗り始めの儀式が必要なヤツで、6気筒だというのにキャブレター仕様なんで、車体を傾けて長いこと停車してると端っこのシリンダーのキャプがガソリンかぶってしまって毎回不完全燃焼!・・ついには毎回走り出してはすぐ止めてプラグ磨き・・というスタイルが定着してしまった。
もっとも後期型のエンジンはフューエルインジェクションになったので、そんな手間とは無縁になったんだろうけど、今時のライダーさん達はこんな経験したことないだろうな・・・
キャブがすぐかぶる原因のひとつになったのがサイドスタンドの貧弱さで、車重のためにすぐへたってしまって、それで停車の時に車体が傾きすぎるようになってしまったワケだ。2年目でとうとう交換したっけ。
それで、停車時はなるべくセンタースタンドをかける事にしたんだけど、これがまた重い重い!
その頃、ホンダのゴールドウィングGL1500が発売されたてで、バイク屋さんで試しにセンタースタンドがけをやらせてもらったけど、アレはあの頃から電動だったのかどうか分からないが、えらく軽くて拍子抜けしたことがあった。
しかし、このKZは設計の問題もあったんだろうが、車重並にセンターがけが重いバイクだった。
一度車体が斜めになりかけたのを気合いでセンターがけしたら、情けないことにぎっくり腰になってしまって、それからぎっくり腰になりやすい体質になってしまったのは笑えない。当時まだ30歳前だったのに・・
3年前にも、当時2歳の息子を不用意にだっこしようとして動けなくなってしまった(2歳とは言え18kgを超えてたけど・・)
まあ、しかしある意味究極のバイクだったな。乗り手である人間に迎合しないという意味では本当のモンスターバイクだったかも知れないね。
このバイクは、自分のバイクライフの中でも一番長く乗ったバイクだった。確か5年くらいは乗っていたと思う。手放すときも後ろ髪を引かれたけど、オークションで高値が付いたんですぐに売っちゃった(笑)
中古で確か100万円くらいで買った物だったんだけど、5年乗ってオークションで70万以上で売れた。
このときに、KZを売って買いたかったバイクは、やっぱりカワサキのバイク、VN1500バルカン。
それまでにもVN1500というバイクはあったんだが、新型になってよりアメリカンっぽく(というかハーレーっぽく)なったバルカンは、当時市販車で世界最大排気量(1600ccのビートルのエンジンを積んだブラジルのアマゾネスが姿を消した後だったので)という肩書きも付いて、「買い時」バイクに見えてしまったんだった。

実はタンデムを楽に乗れるバイクにしたいという思いもあって、またアメリカンを考えたという事情もあったんだけど。
今は、国内メーカーでも1800とか2000とかいうバイクが登場してるし、ボスホスなんかは5000cc超?(7000cc?)とか言う超モンスターもあるけど、いつの時代も「世界最大」とかには憧れるよね。
ホントあの頃は人間ができてなかったからか(笑)、大きいヤツに憧れてた。デカイ排気量で大トルクを感じながら走るのが好きだった。
だから車も5リッタークラスのV8とかが好きで、ホント環境には悪い趣味だったよ(反省)
・・・なんだけど、車はともかくやっぱりバイクは半分以上は趣味のモノでもあるし、こだわりたいよね。いつかまた乗れる日を夢見て。
2007年10月03日
ラジコングライダー(?)
先日阿蘇をドライブしてきた。
そのとき大観望で見たラジコングライダー!

動力は一切無し、風の力だけで「ビ〜ンビ〜ン」と翼を鳴らしながら飛んでいた。
しかし、スゴイスピード!スゴイ迫力!アクロバティック!!
操縦していたのは、50代と思われるオジサン。
その日の大観望は駐車場も満杯になるほどの観光客だったが、大観望の先端まで景色を眺めに行った人達は、みんなこのオジサンの操縦に目が釘付け!
よく見たら、10機以上が近くの草原に待機していた。

その中の一機。 操縦席を見たらそこにはリカちゃん人形が(笑)・・遊び心だね〜

駐車場に戻ると、バイクが何十台も停まってた。
その中の一台。DUCATI900SS・・実はカメラを準備するちょっと前に、憧れのDUCATI900MHRがUターンして走りさって行ってしまった!・・ものスゴク残念!
今でもあんなキレイなMHRが健在で走ってるとは!ちょっと感激。

そのとき大観望で見たラジコングライダー!

動力は一切無し、風の力だけで「ビ〜ンビ〜ン」と翼を鳴らしながら飛んでいた。
しかし、スゴイスピード!スゴイ迫力!アクロバティック!!
操縦していたのは、50代と思われるオジサン。
その日の大観望は駐車場も満杯になるほどの観光客だったが、大観望の先端まで景色を眺めに行った人達は、みんなこのオジサンの操縦に目が釘付け!
よく見たら、10機以上が近くの草原に待機していた。

その中の一機。 操縦席を見たらそこにはリカちゃん人形が(笑)・・遊び心だね〜

駐車場に戻ると、バイクが何十台も停まってた。
その中の一台。DUCATI900SS・・実はカメラを準備するちょっと前に、憧れのDUCATI900MHRがUターンして走りさって行ってしまった!・・ものスゴク残念!
今でもあんなキレイなMHRが健在で走ってるとは!ちょっと感激。

2007年10月02日
ロキシーヒルで観月会!
久々のブログ。
先週末に息子と一緒に西都のロキシーヒルに行ってきた。
目的は「観月会」。
あいにく夕方から曇りで月は見ることができなかったが、それは名目。
今回も(笑)途中で道に迷いながら30分遅刻して到着すると既に大宴会の準備万端!
近くで飼ってる鶏を2羽ほど絞めて、刺身にしたり、もも焼きにしたり、残りを大根や芋と一緒に味噌炊きにしたもの(これは最初にすくったお玉にくちばし付きの頭が丸ごと入ってた・・ははは!・・でも最高にうまかった!)



その他、近くの川で捕れた海老や川魚を掻き揚げにしたものや、ナスと一緒に炒めたもの。
高菜漬けやたくあん・・そんなのが大量に用意されていて、持ち寄ったお酒で12時過ぎまで飲んで食べて語った。


名目は観月会だったので、月が出てなかったにも関わらず、大酋長の図師さんを入れて3人で裏山にあるツリーハウスに上ってまた焼酎を飲んだ。
灯りをなんにも持って行かなかったので、焼酎をコップに入れるときは携帯電話のディスプレイの明るさだけで注いで、あとは目が慣れるまで真っ暗闇。
でも、なんだか隠れ家遊びに熱中した少年時代に戻ったようなワクワク感が楽しかった!
それから五右衛門風呂に入って、またひとしきり語り合って、そのあとは気持ちよく夢の中へ・・
朝は早くから、外で炭火を大量に熾して焼きサンマにみそ汁。
ボクは隣の養鶏所からもらってきた破卵(割れかけて廃棄寸前の卵)が大量にあったので、12個使って特大オムレツを焼いた。
古代米とそんなオカズの朝飯を済ませて裏山に登り、タブの木やヤマモモを5〜6本植樹して帰って来た。
なんだかホントに心地よい充実感の残るロキシーヒルだった。

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先週末に息子と一緒に西都のロキシーヒルに行ってきた。
目的は「観月会」。
あいにく夕方から曇りで月は見ることができなかったが、それは名目。
今回も(笑)途中で道に迷いながら30分遅刻して到着すると既に大宴会の準備万端!
近くで飼ってる鶏を2羽ほど絞めて、刺身にしたり、もも焼きにしたり、残りを大根や芋と一緒に味噌炊きにしたもの(これは最初にすくったお玉にくちばし付きの頭が丸ごと入ってた・・ははは!・・でも最高にうまかった!)



その他、近くの川で捕れた海老や川魚を掻き揚げにしたものや、ナスと一緒に炒めたもの。
高菜漬けやたくあん・・そんなのが大量に用意されていて、持ち寄ったお酒で12時過ぎまで飲んで食べて語った。


名目は観月会だったので、月が出てなかったにも関わらず、大酋長の図師さんを入れて3人で裏山にあるツリーハウスに上ってまた焼酎を飲んだ。
灯りをなんにも持って行かなかったので、焼酎をコップに入れるときは携帯電話のディスプレイの明るさだけで注いで、あとは目が慣れるまで真っ暗闇。
でも、なんだか隠れ家遊びに熱中した少年時代に戻ったようなワクワク感が楽しかった!
それから五右衛門風呂に入って、またひとしきり語り合って、そのあとは気持ちよく夢の中へ・・
朝は早くから、外で炭火を大量に熾して焼きサンマにみそ汁。
ボクは隣の養鶏所からもらってきた破卵(割れかけて廃棄寸前の卵)が大量にあったので、12個使って特大オムレツを焼いた。
古代米とそんなオカズの朝飯を済ませて裏山に登り、タブの木やヤマモモを5〜6本植樹して帰って来た。
なんだかホントに心地よい充実感の残るロキシーヒルだった。

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